倒れ付した『風師』の死体に唾を吐きかけるエンハウンス。 

「ふん・・・油断しているからこうなるのさ・・・まずは一人・・・次は」

エンハウンスの言葉を遮るように『炎師』が同意する。

「ああ全くだ。遊びが過ぎる。これで少しは懲りるだろう」

「??懲りるだと?もはや地獄に堕ちた奴がどうして懲りるというんだ?」

「言っておくがまだ死んでないぞ。ユンゲルス!!さっさと死んだふりは止めろ!!」

その声に『風師』があっさりと起き上がる。

眉間には多少の傷こそあるが軽傷、銃口を押し付けられて受けた傷とは到底思えない。

よく言っても流れ弾が掠めたほどの傷だ。

「おいラルフ、少しは心配したって良いんじゃねえのか?」

「心配などできるか。『シルフィード』を使いほぼ全ての弾丸を防御したくせに」

そんな『風師』の抗議を冷たい視線と声で返す『炎師』。

「でもな俺だって驚いたんだぜ。一気にここまで詰められるなんざ予想もしてなかったからな」

「それもお前が遊んでいるからだ」

「いやいや、遊んでいたわけじゃねえぜ。こいつ思っていた以上に骨もあるし筋もいい。陽動でもねえ久しぶりの戦闘、そろそろ愉しみますか」

そういうと、初めて『風師』は構えた。

黒の書十『狂宴』

構えると同時に『風師』の背後に『幻獣王』シルフィードが姿を現す。

「助っ人か?」

「いや・・・武装と考えてくれ」

その言葉と同時にシルフィードはその身体を風と化し、その風は『風師』の両腕両足にまとわりつく。

暫く纏わり突いていただけであった風はプロテクターの様に『風師』の両腕、両足に固定された。

「んじゃ・・・行くぜ」

と同時に床を抉るほどの勢いで始めて『風師』が動いた。

エンハウンスも再度長銃の引き金を引く。

その点でなく面の攻撃に対して『風師』はわずかな隙間を掻い潜りエンハウンスの鳩尾にミドルキックを叩き込んだ。

「!!!!」

声の代わりに大量の空気を吐き出しくの字の姿のまま吹き飛ばされるエンハウンス。

そのまま壁に叩きつけられるが直ぐに立ち上がる。

普通の人間ならば、体全体でなく達磨落としの要領で蹴られた箇所だけが吹き飛ぶ一撃である。

しかし、その服は鋭利な刃物で斬られたかのようにぼろきれとなっていた。

「やるな。まあそうでなくちゃ面白くねえ」

「けっ言ってろ」

そう言いながら長剣を床に突き立て、懐からポケットウイスキーのボトルを取り出し中身を飲み干す。

酒かと思われたがそれは血だった。

「随分とおもしれえ風に血を飲むな」

それは嘲りでなく心底から感心した口調だった。

「さあ、まだまだこれからだ」

剣を再度構えなおし宣言する。

「無論よ!!どんどん行くぜ!!」

その宣言通り暴風の如く突っ込み戦闘を再開する両者。

銃で牽制しあえて作った間隙には剣を叩き込み『風師』をしとめようとするが『風師』はそれを悉くかわし、避け、弾き飛ばす。

何発かは掠めたりするが傷を作るには至らない。

「おらよっ!!」

『風師』のストレートを銃と剣を交差させてかろうじて受け止める。

そのまま距離をとり再び同じ激突が交差する。

「???おいおめえ、その両手どうした?」

何度目かの激突も双方とも傷をつけるに及ばず再び距離をとる双方、そこで『風師』が怪訝そうに尋ねる。

その疑問も当然だった。

エンハウンスの剣をもつ右腕は崩壊を始め、銃を持つ左腕は腐り始めている。

「ちっ!」

その問いに答えず銃弾を浴びせかけて更に距離を空け、再びあのウイスキーボトルを取り出し中身の血を飲み干す。

その途端破壊しつつある右腕、腐敗が進行している左腕が再生する。

それを見てようやく悟った。

あそこに入っている血は彼にとって医薬品のようなもの。

彼自身の体質かそれとも装備している武器の所為かは不明だが戦闘する毎に破壊され腐る両腕を治癒する為に常備していると。

「うわっ・・・根性あるなお前」

『風師』が心底感心した様に呟き、他の『六師』も呆れ半分感心半分で観戦している。

そんな中この戦いを眺めていた『六王権』に『影』が声を掛ける。

「陛下」

「そうだな・・・あの執念、怨念を己が理性とするほどの精神力・・・気に入った」

「では」

「まあ待て。今の時点で横やりを入れれば『風師』の欲求不満が高まる。ここはあいつに最後まで任せる」

「御意」

一方、この戦いも終わりが見えてきた。

「ちっ・・・薬ももうねえ、退くしかねえか・・・だが・・・貴様だけでも殺しとかねえと気がすまねえ」

その眼光に怒りと憎悪、そしてわずかな戦いを惜しむ色を残しありったけの弾丸を銃に装填する。

「んじゃ終焉と行きますか」

そう呟き一段と深く構える『風師』。

その構えはまさしく獣、獲物を狩り取らんとその眼光を更に深いものに変えていく。

そして言葉も無く跳びかかる『風師』。

それを可能な限りの連射で応戦するエンハウンス。

だがその弾丸は一発すら『風師』を捕える事は無かった。

捕えたと確信しても次々と弾丸は『風師』をすり抜け突進の速度は落ちる事を知らない。

文字通り風を相手にしているかのような錯覚をエンハウンスは覚えた。

銃弾を撃ちつくした時『風師』は既に零距離にまで接近しとどめの一撃を繰り出していた。

身体を、そして腕すらも最大限捻り自身の身体能力を最大利用して一撃を打ち放つ。

それに対抗するように、エンハウンスは本能で銃を盾代わりに構え剣を振り下ろす。

せめて一人でも道連れにしようとしていた覚悟の表れだった。

だが、その結果は剣が折れる音と銃が砕ける音と共に決着を見た。

『風師』のまさしく渾身の一撃といえる右のストレート・・・いや、コークスクリュー気味の一撃は、剣を容易くへし折り、盾とした銃を紙の様にぶち抜き、エンハウンスの胸板を貫いた。

その威力はエンハウンスの肉体を貫通しその衝撃で全身の骨を粉砕し、手甲となっていた風は、エンハウンスの体内で暴威を揮い内蔵を傷つける。

だが、これでも威力が若干鈍った。

剣も盾も無ければエンハウンスの上半身は四散していただろう。

「が・・・ぁぁぁ」

『風師』が拳を引き抜くと同時に支えを失った様に膝を突くがそれでも折れた剣を杖代わりにして必死に立ち上がる。

だが、そんな努力も空しく崩れ落ちるエンハウンス。

「ふぃ〜たいした野郎だ」

勝った『風師』は嘲笑う訳でもなく、見下すでもなく、一言清々しい笑顔を見せる。

その左肩は斬られ血が既に『風師』の左腕を赤く染め上げていた。

剣を折られ体を貫かれても尚『風師』を斬り捨てようとした結果だった。

折られた剣がもう少し長ければ『風師』の左腕を斬り落としていたかも知れない。

「決着は着いたか・・・『風師』!!」

「何だ?」

「十八位をこちらに。陛下が我等の配下とすることを決めた」

「あいよ」

そう言い襟首を掴みエンハウンスを引き摺る『風師』。

「ふ、ふざけるな・・・何をするか知らねえが・・・そうも思い通りになってたまるか・・・」

言うよりも早く未だ握り締めていた折れた剣を使い己の首を掻っ切ろうとする。

だが、それは何気ない動作でエンハウンスの右腕もろとも剣をもぎ取った『地師』に阻まれた。

「!!!」

更に己の体を貫く激痛にも声を上げる事無くもぎ取られた腕を持つ『地師』を睨みつける。

「たいした反骨精神だな」

その視線を受けて怒るでもなくむしろ感心した様に呟く。

「しかし・・・陛下大丈夫ですか?こいつ骨の髄にまで反骨精神が染み付いてますが」

「傀儡にするなんて無理じゃないかな?」

その様子に不安を覚えた『炎師』と『光師』が進言する。

「我々に歯向かわねばそれで良い、さて十八位エンハウンス。お前にはこれからは我々の為に働いてもらおうか」

「断る。何で貴様らに手を貸さなけりゃならねえ」

「別にお前の意思は関係ない。私が勝手にお前を我が配下とさせて貰うだけだからな」

アルティメット・・・オーシャン・・・

その宣言と同時に『六王権』の周囲があの大海原の上空と化し『風師』は遠慮なくそこにエンハウンスを叩き落した。

大きな音を立てて原初の海に落ちる。

そして『地師』も手に持つエンハウンスの右腕を原初の海に投げ込む。

暫くしてエンハウンスが顔を出すがその口から出てきたのは命乞いでも嘆願でもなく、

「殺すなら今殺せ!!出なければ必ず貴様らを地獄に叩き落してやるぞ!!」

恐ろしいほどの憎悪が混じる怨嗟の声だった。

「あれだけの傷でしかもあそこに落ちて、よくもまあ、あんな虚勢張れるわね」

『闇師』が呆れながらその手は『風師』の肩の傷の手当を行っていた。

「あれだけの意気が無ければ面白くはあるまい。さあ、生まれ変わるが良い十八位よ」

その言葉と共にエンハウンスは海底に引き摺りこまれる様に沈んでいった。

暫くすると一抱えの海水が浮かび上がる。

そしてそれは瞬く間に人の姿を形作り、それを糸が覆い繭となりそれを引き千切る様に中のそれは出てきた。

「出てきたか我が眷族よ」

それに対して一瞥しただけで臣下としての礼も忠誠の言葉も言う訳でもなくただ『六王権』を睨みつけるエンハウンス。

「こいつの反骨精神は筋金入りだな・・・再生されて尚陛下にあのような態度を取れる男は初めてだぞ」

それを怒る前に感心する『影』。

「・・・悔しい話だが今の俺には貴様を殺す事は出来ねえ・・・今は忠誠を誓ってやる」

その言葉とは裏腹に心底屈辱と思っているようだ。

その表情は臣下となった事への喜びなど欠片も存在せずただ軍門に強引に下された事への怒りのみが渦巻いていた。

「だが、忘れるな『六王権』。この呪いが少しでも薄まれば俺は貴様に必ず牙をむく。それまでせいぜい己の栄光に埋もれていろ」

そう吐き捨て、折れた魔剣と粉々に砕けた銃を手に持つとその場を後にした。

「陛下・・・大丈夫ですか?あの男」

「危険です。原初の海に落とされ再生しても尚あれだけの敵愾心を持つのではいつ歯向かってもおかしくありません。後顧の憂いを断つべきです」

『水師』と『闇師』が進言する。

「案ずるな。確かに今は我々の害意と忠誠が天秤となっている。だが、徐々に忠誠に天秤は傾く。確実に」

「そうでしょうか?奴の怨念と執念は想像を超えています。もしかしたら反逆を企むかもしれません」

「そうなったら俺が殺すだけさ」

更なる懸念に声を上げたのは意外にも『風師』だった。

「陛下、奴を俺の下に置いといて下さい。不穏な空気を見せた時点で俺が消し去ります」

「・・・判った。『風師』奴はお前に任せる」

「御意」

主君の言葉にいつにないほど真剣な表情と鋭い眼光で『風師』は傅いた。









そして一週間後・・・

オーテンロッゼの城には何時に無いほどの豪奢な料理や酒が用意され集まった出席者を感嘆の渦に巻き込んでいた。

そんな中、誰にも見られない物陰で忌々しげに次々と集まる死徒らを見下ろしながら酒を飲み干していたエンハウンスのグラスにワインが注がれていた。

「よう、楽しく飲んでるか?」

一応の上官である『風師』の質問にも忌々しそうにそっぽを向き一気にワインを飲み干す。

「楽しいと思うか?目の前には殺さなきゃならねえ相手がごろごろといるって言うのによ・・・」

激情に駆られるまま手のワイングラスを握り潰し、手の中で粉末状にまで粉砕する。

「まあまあ、もう直ぐ面白いショーも見れるからよ」

何時もの口調で新しいワイングラスを手品のように取り出し再びワインを注ぐ。

「けっ、しかしあんたも暇人だな。一応側近なんだろう?『六王権』の」

それをしかめっ面ながら受け取り皮肉を口にする。

「まあな、ただ、ああ言った事は俺がしゃしゃり出るよりも的確な人間に任せときゃ良いんだよ」

「自覚はあったんだな・・・」

その言葉に偽りはない。

彼の真価が現れるのは戦闘等に代表される荒事。

デスクワークなど、彼は無能・・・いや、それ以下(いるだけ無駄)であるので、そう言った事は『炎師』や『水師』、そして『闇師』に任せておけば良い。

「さてと・・・顔出しはやっとか無きゃならねえからそろそろ行くぜ。お前はのんびり面白おかしく寛いでいろ」

そう言うと風の如くその姿を消して言った。

「ったく・・・おかしな野郎だ・・・」

そう言うと再びワインを煽った。









「やっほぉ〜リタ〜おひさぁ〜」

同時刻パーティー会場ではあられもない姿でおまけにぐでんぐでんに酔っ払ったスミレが、豪華に着飾ったリタに声を掛けていた。

岩すら貫く手刀を突きつけながら。

それをにこやかな表情で軽くはたいてかわしながら、

「あらスミレじゃないの?あなたもこのパーティーに呼ばれたの?」

和やかな空気の元会話を始める。

「そうよぉ〜『六王権』の側近にぃ〜招待されたのぉ〜」

「物好きね・・・あなたも別にオーテンロッゼ閣下とは何の関係も無いんだし来る必要も無かったんじゃないの?」

「でもさぁ〜せっかくリタが来るんだからさぁ〜久しぶりにぃ〜」

「ああはいはい判ったわよ・・・まったく・・・あんたと話しているとこっちのリズムが狂うわ」

「でも〜リタ調子良さそうじゃん〜」

「そうね・・・まああなたとこうやるのもたまには良いのでしょうね・・・たまにはね」

そう言って二人は一旦別れる。

二人の周囲にあった絨毯や、テーブル・・・更に豪勢な料理の数々が生ゴミと粗大ゴミの混合物と化していた。

酒の類には傷一つついていないのは流石と言えたが。









「ほう・・・白翼の奴随分と大勢の死徒を呼び出しおったな」

そのような事を感慨も無く呟くのは最新のファッションで身を固めた十四位『魔城』ヴァン・フェム。

特に共も連れていないが、城の外には彼自慢のゴーレム達が待機しマスターの危機には直ぐ駆けつける様にしている。

「まあ良い。奴がどう騒ごうと私には関係ない事。奴と面会したら早々に退散するとしよう。奴と長時間同じ場所にいる気など無いからな」

そう小声で呟いてから、オーテンロッゼの従者と思われる、うら若い女性の死徒に差し出されたシャンパンを飲み下した。

そんな中周囲にざわめきが起こる。

「ん?何かな?」

何気なく視線を移すとそこには彼ですら絶句する光景がそこにはあった・・・いや、いた。

会場にひときわ異彩を放つ二組の死徒が姿を現した為だ。

一人は長身に黒いコートを羽織り、その肉体は漆黒に満ち溢れた混沌、第十位ネロ・カオス。

もう一人は、鳥の翼と鳥の頭を持つ怪人、十七位に匹敵する歴史と実力を持ちながらも、その異形の為他の死徒からは敬遠され続ける鳥の王、十六位『黒翼公』グランスルグ・ブラックモア。

形式上は『白翼公』よりと言われていながら今までその姿を滅多に見せぬ二人が姿を現した。

その事にざわめきが大きくなる。

と、そこに

「皆の者良く来てくれた」

朗々と響く声が祝宴の会場に響く。

全員が声の方向に視線を向ける。

その声は会場正面の階段を上りきった踊り場から聞こえた物だった

そこには豪奢な貴族衣装を身に纏ったオーテンロッゼが堂々と立っていた。

「遠路はるばるご苦労であった。それではここで我らが陛下よりお言葉がある。しかと聞かれよ」

何人かの死徒が顔を見合わせる。

何時ものオーテンロッゼとは違う何かを感じ取ったのだろう。

そんな何人かの動揺が少しずつ周囲に伝染し始める。

「陛下どうぞ」

そんな動揺を無視する様にオーテンロッゼは道を空けその場に膝を付き深々と頭を垂れた。

「・・・ぶっ!!」

そんな滑稽な喜劇を片隅で見ていたエンハウンスは口に含んでいたワインを噴き出す。

「・・・くっ・・・くくくくくくくくく・・・確かに傑作だ」

声を押し殺し低い笑い声を漏らす。

あの傲慢不遜が人格を得たかの様な死徒、トラフィム・オーテンロッゼが臣下よろしく卑屈な態度を取るなど、誰が予想する?

これを傑作と言わずして何と呼べばよい?

そんなオーテンロッゼのへりくだった態度に更に巻き起こる、ざわめきをよそに進み出た一団の出現が全ての口を閉ざす。

黒を基調とし、所々金の刺繍を施したオーテンロッゼとすら比較にならない豪奢すぎる服に身を包む一人の男とその背後には白・黒・黄色・青・褐色・赤・緑のフード付きマントでその身体を完全に隠した一団が控える。

「う〜・・・やっぱり歩きにくい・・・」

「静かに『光師』、あんたの声じゃ威圧が出てこないわよ」

愚痴を呟く、黄色のマントを羽織る『光師』に黒のマントを羽織った『闇師』がやはり小声で注意を促す。

「そりゃそうだよな・・・ガブリエルの力で浮遊しているんだよな・・・お前」

珍しく同情する様に緑のマントの男『風師』が言う。

立っているだけならまだマシだが、歩くとなると色々と一苦労だ。

「背が小さいとこう言う時不便だな・・・」

赤のマントを羽織った『炎師』も同様の口調だった。

「ほらニック、私に寄りかかりなさい」

「うん・・・」

さりげなく『水師』の肩に寄りかかる『光師』。

それを隠すように『地師』の巨体が前に出る。

「良くぞ来た」

そんな後ろの声を他所に、『六王権』の声が会場に響く。

「これは私からのささやかながらも諸君らへの感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」

アルティメット・オーシャン

次の瞬間会場は大海原となり、死徒達を同時に飲み込んだ。

一網打尽かと思われたが何事にも例外は存在する。

第十位ネロ・カオス、十五位リタ・ロズィーアン、二十一位スミレがいち早く跳躍して十四位ヴァン・フェムはいつの間にか城の壁を突き破ったゴーレムの手に乗り原初の海から逃れる。

だが、それすらも予測していたと言わんばかりに、『六王権』の冷静すぎる声が響く。

「逃がすな」

『御意!』 

『闇師』、『地師』、『炎師』、『水師』もまた主君の声に応じるように跳躍する。

たちどころに、逃れたかと思われた三人の二十七祖も『六師』に弾き飛ばされる様に海に叩き込まれた。

更にヴァン・フェムも『炎師』によって、蹴り砕かれたゴーレムの手もろとも原初の海に落ちる。

海からは絶え間ない悲鳴が木霊する。

「・・・今回は量が多いからな・・・手早く済ませよう。さあ、溶けよ」

それを聞きながら指を一つ鳴らすと同時に悲鳴はぴたりと止まりその代わりに、一抱えほどの水の球体が数え切れないほど浮かび上がる。

だが、それらは全てこの会場にいた死徒が原初の海に溶け、再構成される前のものである。

「見事な手際だな六王よ」

宴の出席者の中では、唯一原初の海に落ちなかったブラックモアが感心と言うか、呆れたのか、それとも皮肉っているのか不明な口調で声を掛ける。

「人であれ死徒であれ、失敗をすればそれなりに成長するというだけだ」

それに応じた『六王権』の笑みは完全な苦笑で構成されていた。

かつてこの洗脳を完全に行わなかった為最終的には裏切りにあった事を猛省したが故の所業だった。

そんな会話を尻目に球体は次々と繭と化し、後はこの中から姿を現すだけだった。

「ここまで来れば我々が手を加える事も無い。自然に割れるのを待つだけだ。オーテンロッゼ」

「はっ!!」

「こいつらの世話はお前に一任する。再生した死徒から順に『闇千年城』に連れて来い」

「御意!!」

「それと『風師』後でエンハウンスを連れて来い。あいつ用の新たなる剣と銃を『闇千年城』にて与える」

「御意」

「あと、鳥の王、貴殿はどうする?」

「そうだな・・・久方ぶりに『闇千年城』を見せてもらおうか」

「部屋を至急用意させる。『影』、『六師』」

『はっ!(はいっ!)』

「帰還するぞ。『闇千年城』に」

『御意!!』









歴史の闇において、有史史上最悪の絶望と恐怖を全世界に振りまく、『六王権軍』の礎がこの様にして生み落とされた。

既に指針は定まった。

もはや、この先に起こりえる事は混迷と暗黒のみである。

蒼黒戦争開戦まで間も無く三ヶ月を切ろうとしていた欧州にて起こった出来事だった。









後書き
   これで四章一話『蠢動』終わりました。
   何とか年内に区切りを付ける事ができました。
   しかし・・・この一話、特に『黒の書』後半に関しては物議を色々かもし出しました。
   オーテンロッゼの扱い、死神モード、レイについて・・・色々考えさせられました。
   他の二十七祖も今回は端役みたいな役割でしたが二話以降は暴れさせます。
   無論オーテンロッゼもブラックモアもです。
   これは予定でも推測でもありません。
   確定事項です。
   二話以降は来年になると思いますがなるべく大勢の人に受ける作品にしていこうと思います。

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